竜馬がゆく
Posted: June 21st, 2005 | No Comments »最近、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んでいる。
というか、そのほか何もしていない。
竜馬は、人が生を受けるのは事を成すためである、というようなことを言っていたらしい。
人生五十年とすれば、あと半分。
さて死ぬ前に何をしようかなぁ。
最近、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んでいる。
というか、そのほか何もしていない。
竜馬は、人が生を受けるのは事を成すためである、というようなことを言っていたらしい。
人生五十年とすれば、あと半分。
さて死ぬ前に何をしようかなぁ。
昨晩、ひとりで渋谷スペイン坂の老舗カフェ「人間関係」に入ってみた。
まずビールとつまみを頼む。
店内を見ると、建物はL字型になっていて外から見るよりも大分広く大勢の人がいた。
天井は低くて薄暗く、調度は年季が入って鈍く光っている。
ヨーロッパのカフェか酒場のイメージ。
仕事や学校帰りの人たちが語らう声がざわざわ響く。
なんだか洞窟の中にいるような気もする。
ひとりでビールを飲みながら、クロッキー帳に店内の様子を描きつけた。
ほろ酔いでいい気分。
つまみもなかなかうまかった。
今度は誰かと来よう。
昨日、六本木ヒルズの美術館に行ったついでに森都市未来研究所なるものに寄ってみた。
けったいな名前だが、1/1000 の東京・ニューヨーク・上海の模型が展示されていて圧巻。
特に東京の模型は 50 畳近い部屋を埋め尽くす巨大なもの。
自分が生活している街を上から眺めるのはめったに無い機会で、すごく面白かった。
行ったことがない人は是非行ってみては。
渋谷の漫喫から書き込み。
夜の7時ごろに家を出て八時ごろに渋谷に到着。
ブックファーストにて文庫本2冊購入。
北杜夫「どくとるマンボウ航海記」と岡本太郎「日本の伝統」。
前者は以前読んだ「青春期」が面白かったため予定通り。
後者は日本の伝統と岡本太郎のミスマッチに惹かれ、興味はあるがとっつきにくい伝統文化を面白く読めそうだと思い衝動買い。
その後文化村通りのフレッシュネスバーガーで食事をしながら考え事。
そしてやっと本来の目的だった設計演習の敷地調査に。
「渋谷にパブリックスペースを計画せよ」っていう課題。
ロフトの横に、スペイン坂と井の頭通り、そして公園通りの渋谷山手教会に囲まれて、あまり人目につかない一角がある。
ここを敷地にしようと思っている。
井の頭通りから脇道が出ていて、その一角に入るにはそこしかない。
入っていくととスポーツクラブがあり、さらにそれを通り過ぎていくとマンションがあって行き止まり。
回遊性を特徴とする渋谷の中で行き止まりは珍しい。
ロフトやゼロゲート、マンションに囲まれて日当たりも悪く、裏寂れている。
初めてここにきたとき、センターのすぐ脇にこんなに寂れたところがあるのに驚いた。
だけど、渋谷の中でも魅力的な通りに囲まれる場所柄や、起伏のある地形、得意な囲まれ感など、ポテンシャルは高そう。
周りの公園通りやロフトの坂(間坂っていうらしい。まさか。)、そしてスペイン坂と関係性を持たせていけば、十分魅力的なスペースになるはずだ。
というわけで今日は、敷地となる一角と、その周りのスペイン坂と公園通りを見てきた。
わかった面白そうなことは、先ず、マンションは公園通りの渋谷山手教会とつながっていて、行き止まりかと思っていたところに繋がっていること。
しかし現在はマンションの住人しか通り抜けできない。
もうひとつは、スペイン坂の上のユニクロとギャップの間から、わずかに敷地が見えるということ。
今後の方針は、
こんな感じで具体的な形を考えていこうかと思う。
有名かもしれないけど、この間ブックマークを整理していたら出てきたので。
いいかんじです。
指切った・・・。
というわけで、今日バイト中にカッターで左手の人差し指を切ってしまった。
皮膚が5mm*10mmくらいの楕円状にもっていかれ、血が止まらない。
絆創膏とティッシュを巻き、滑稽に指を頭上にかざしながらしばらくぼーっとしたり絵を描いたりしていた。
すると、左の肩にひんやりしたものが。
びっくりして確認してみると、絆創膏にたまって零れ落ちてきた自分の血だった。
巻いていたティッシュが真っ赤に染まっている。
これはほっといても駄目だと思い、バイト先の社員さんに自転車を借りて品川駅近くの薦められた病院へ。
行ってみると、初老の先生と事務の女の人2、3人でやっている小さな病院。
切り落とした皮膚を持ってきたら、くっつけて早く直るといわれたが、そんなものはあたりになかった気がするし、帰ってから探しても見当たらなかった。
縫うか縫わないか微妙なところらしいが、確実に止血するため縫うことに。
体を縫われるのは生まれて初めて。
不安と同時に、どうやって縫うのか見てみたいという気持ちもあり、敢えて反対しなかった。
傷口近くに麻酔を打たれて、指先の感覚がなくなってきた。
指の根元には感覚が残っているのに。
輪ゴムで止血していたため生白いことも手伝って、自分の指先に死んだ指がくっついているような気がした。
そして先生は釣り針のような針を取り出して、穴に糸を通そうとするのだが、これがなかなかうまくいかない。
こういうのは患者を不安にさせる。
本当に大丈夫なのだろうか?
なんとか通って縫い始める。
一針目。
指の根元に伝わってくる「ゴッ、ゴッ」という振動の他に感覚は無いのだが、自分の指先に針を通されるというのはあまり気持ちのいいものではない。
針を刺すときのぎこちなさと比べて、糸を結ぶ手つきは鮮やか。
どうやらパックリ開いた傷口の両側を無理やり縫合してくっつけるようだ。
二針目。
一針目よりも針を刺すのに手間取る。
感覚が無いとはいえ、そんなにゴリゴリしないでほしい。
それでも何とか針は通って、糸は相変わらず鮮やかな手つきで結ばれる。
そして「二針でいいかなぁ?」とか言っている。
本当に大丈夫なのだろうか?
結局二針ですんだ。
初体験だったので長々と書いてみた。
先生の手元はあやしかったけど、案外面白かった。
住まいが首都圏から遠いので、大学やバイトに行くのに長時間電車に乗る。
なので、車内での2時間ほどの時間をどうつぶすかが結構大問題。
最近は文庫本を読むことが多い。
今回の本は、研究室の先生が面白いというので読んでみたもの。
「どくとるマンボウ航海記」などで有名な北杜夫が、自身の旧制松本高校時代と東北大医学部時代を中心に青春時代を語る。
ユーモアを基調とした本で高校時代の寮生活などは抱腹絶倒なのだが、ところどころにほろりとさせる文言がちりばめられている。
馬鹿なことに対する情熱はなくしたくないなぁ。
目が覚めると箱根にいた。
昨日の帰宅途中、油断して終電を逃してしまい、下北沢で朝を待つ羽目に。
午前5時過ぎにようやく動き出した小田急線に乗って、クラブ帰りの若者たちの中に座った途端眠りに落ちた。
その後、最寄り駅より前の駅で一度目が覚め、まだかといって再び目を閉じた気がする。
そうしてまた目を覚ますと、今度は鮮やかな緑と山の他に遮るもののない空が目に飛び込んできた。
空が開けているため、江ノ島かどこかかと思った。
間もなく着いた駅の表札を見てみると、箱根○○とある。
こんなに遠くまで来たのかと思うと同時に、ここで降りて散歩や昼寝をしたい衝動にかられた。
しかし、そうするには体が疲れすぎているし、気持ちが悪いからはやく風呂に入りたい。
そんなことを考え、再び瞼を閉じた。
ふと気がつくと、今度は家の最寄り駅より東京側の駅だった。
反対側の電車に乗り換え、また目を閉じる。
起きてみると、また目的地を通りすぎている。
そんなことをしながら結局家に帰り着いたのは、11時を廻った頃だった。
通算6時間近くも電車の中で眠っていたことになる。
ちょっと信じられないことだが、たしかに気分は爽快だった。
普段は6時間も眠ることはないのだが、3時間くらいはよくある。
徹夜明けの電車で乗り過ごすというのは、人間にとって避けられないものではないだろうか。
ここでこのことについて一般化を試みたい。
人は徹夜明けの帰途において、振幅をだんだん減らしながら最寄り駅の前後を往復し、やがて収束し帰宅する。
つまり、徹夜明けの人間は減衰振動をする。
ということがいえるかもしれないし、いえないかもしれない。
Recent Comments